はじめは問題だらけだった。
原作者マリオ・プーゾ「芸術しか信じない。だがヒット作を出さないともう次はない。金になる小説をやるしかない」
監督フランシス・フォード・コッポラ「アート映画をやりたい。とはいえ自分が立ち上げた映画会社には大きな負債があり金が必要だ。やるしかない」
パラマウント社「ギャング映画は稼げない。でもこの原作本は売れまくってる。経営が苦しいからやるしかない」
さらには役者の大半が無名であり、イタリア系アメリカ人の団体やマフィアからは抗議され、コッポラは意見の相違でスタジオとぶつかりまくり……。
そして、どーいうわけか金の雨を降らせる「レインメーカー」となった。
マフィアを生んだシチリアは、過去数千年にわたり征服者に蹂躙されてきた。
実り豊かな作物にくわえ、地中海での通商や軍事上の要衝だったからだ。
やってきたよそ者は、ギリシア人、フェニキア人、カルタゴ人、ローマ人、アラブ人、ノルマン人、フランス人、スペイン人、イタリア人……。
ついでにパスタ人、マカロニ人、スパゲティ人、さらにはウドン人、ラーメン人、ソーメン人、ツケメン人などなど。
長いものにクルクル巻かれてクルいそうなほどクルしめられてきた。
あまりに長く抑圧されたことでシチリア人は警戒心や猜疑心を強め、寡黙で排他的な民族になってしまった。
やがて権力者に抵抗する男が尊敬されるようになった。
中にはひどいやつもいたが、肝心なのは力を握る者が自分たちの身内であることであった。
そうして「家族と地元の有力者しか頼らねー」という精神になったのだという。
これが映画のバックボーンになっている。
家族の法が国家の法に勝る物語だ。
会社のために違法行為に走ってしまうビジネスマンを思い起こさせる。
が、マイケル・コルレオーネは(ファミリー)ビジネスを優先させたことでファミリーを失ってしまう。
ビジネスの倫理は厳しい。それを家族に適用するまねをしてしまった。
もともとコッポラの狙いはアメリカ型資本主義(つまりはカネがすべての強欲資本主義)の隠喩として語ることであった。
最初は駄作視した原作小説の再読時にさとり、それがスタジオと契約する際の条件にもなった。
そのころの監督は「組織犯罪と一部の大企業は大差ない」と見ており、「マフィアはアメリカという地だからこそ花開いた」と主張している。
ヴィト・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドも同様だった――
「コーサ・ノストラが黒人や社会主義者だったらコルレオーネは死んでるか獄中にいただろう。大企業をしっかりと手本にし、厳格にマネーと政治に取り組んだからこそ繁栄したのだ。マフィアはじつにアメリカ的だ!」
アメリカのマフィアが大きく肥えはじめたのは、はるか昔の1920年代である。
禁酒法の時代だ。
映画ではよくわからないままだったヴィト・コルレオーネ隆盛の時代だ。
『アンタッチャブル』の、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の、『モブスターズ/青春の群像』の、機関銃の音が聞こえてきそうなあの時代だ!
パパパパパパパパパパパパパ!
その後キューバに進出し、政治と癒着しながらカジノなどでさらにザクザクと金やら銀やらを掘りまくっていく。
「ゴッドファーザー」では、金と力を手にしながらも破滅するイタリア系アメリカ人ファミリーの悲劇を描いているが、実際のシチリアマフィアも戦後大きく変容している。
麻薬がもたらす富によって堕落したのだ。
1980年代、シチリアマフィアの構成員だったトンマーゾ・ブシェッタは裏切り者となって米上院で証言した――
「ドラッグがマフィアを変えてしまったのです。マフィアの忠誠心や親密さが薄れていきました。麻薬は金と欲、暴力を増やし、敬意を減らしました」
パパパパパパパパパパパパパ!
マイケル・コルレオーネはファミリーのために身を削って働き、資本社会で稼いだ。
だが気がつくと、豊かさと引き換えに大切だったはずのファミリーはなくなっていた――
アメリカにかぎらずこれぞまさしく現代人の琴線に触れるものであり、それがもっとも映えるのがマフィアの物語だったのである。
コッポラ監督がパート2を引き受ける条件は、なんとコルレオーネ・ファミリーを破滅させることであった。
パート1の製作であまりに苦労が多かったため続編は望まなかったのだが、スタジオ側に無理強いされてやることになってしまった。
もうこれきりにしたい、ケリをつけたい、ぜーんぶ終わらせたい……そういう気持ちだったのだ。
監督は、パート1でマフィアを美化していると批判されたことも気にしていた。
「子どもにやさしい立派なマイホームパパのヒトラーを見せる映画」といった酷評まであったのである。
そのような意図はまったくなく、逆にマフィアを辛辣に描いたつもりだったが、キャラクターのカリスマ性が誤解を招いてしまった。
そこでパート2を修正の機会とした。
序盤のパーティ場面などにその工夫が垣間見える。
パート1の冒頭に似ているようでありながら、対照的にネガティブなエピソードばかりになっているのだ。
コッポラは続編公開後にこう語っている――
「マイケルには死んでほしくなかった。投獄もしたくなかった。敵に暗殺されるのも嫌だった。そうではなく、広い意味で破滅させたかった。あらゆる相手を打ち負かし、独り座るラストシーンのマイケル・コルレオーネは、生ける屍なのだ」
ヴィト・コルレオーネが仰ぎ見た自由の女神が、甘く憂いたメロディを背にピシッピシッとひび割れていく……。
たまらない!
【主要参考資料・全回共通】
(映像)
映画『ゴッドファーザー』三部作のDVDおよび特典
映画『裏切りのゴッドファーザー』
映画『マーロン・ブランドの肉声』
TV番組『アメリカン・マフィア』
TV番組『ゴッドファーザー 特別完全版』
(書籍)
『ザ・ゴッドファーザー』ソニーマガジンズ
『ゴッドファーザー』ハヤカワ文庫
『ザ・シシリアン』ハヤカワ文庫
『アル・パチーノ』キネマ旬報社
『マフィアの興亡』同朋舎出版
『マフィア帝国 ハバナの夜』さくら舎
『シチリア・マフィアの世界』講談社学術文庫
『The Godfather Family Album』Taschen
『The Annotated Godfather』Black Dog & Leventhal
『Francis Ford Coppola's The Godfather Trilogy』Cambridge University Press
『The Godfather Companion』Harper Collins
『The Godfather Notebook』Regan Arts.
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