最初にIMDbのレビューを紹介します。
その後でコメントを記しました。
IMDbレビューより
【その1】(2006年10月の投稿)
「あらゆる名作は時間をかける。
時間をかけて展開するキャラクター、家族の人生、成長等、おおむね忍耐をもってストーリーを語る。
それこそが鍵だ(あたまが麻痺するほどつまらないストーリーでないかぎり)。
『ダンス・ウィズ・ウルブズ』や『ヒート』などはじつに辛抱強かったがトップクラスの映画になった。
スタジオ側は長めにはやりたがらないようだ。だがそれが映画化する上で素晴らしいストーリーなら、やる価値はある」
【その2】(2004年5月の投稿)
「コッポラはシェークスピア流の壮大さをいかにも狙っているようだ。
権力の座から外れる老いた支配者のドン、ヴィトはリア王に似ているし、善人だったのに権力によって堕落するマイケルはマクベスだ(これは、三部作の後のほうにあるエピソードでいっそうふさわしい例えになる)。
また、父親のあだを討つマイケルとソニーの決心はいくぶんハムレットふうだ。
そういった野心的な映画には極めて上等な芝居が欠かせない。説得力あるものにしたいのであれば。
ところがコッポラは、1970年代における最高クラスの演技を導き出すことに成功した」
(コメント)
コッポラ監督はパート3でも脚本の準備段階でシェイクスピア悲劇(とくに、『ロミオとジュリエット』『リア王』『タイタス・アンドロニカス』)やギリシャ神話を多読したという。
長尺であってもだれないのは編集などの技術的問題もさることながら、つくり手の教養に厚みがあったからだろう。
単純な場面でも気の利いせりふがあるだけで締まったものになる。
ただし、原作本はマリオ・プーゾの他の作品と比べ文芸色が薄い。
おそらくは売れやすいように文体も内容も軽くしている。
コッポラもはじめは投げ捨てた。
なぜ監督をやる気になったかといえばやはり金だ。
それが名作になった。
金こそがすべての“ゴッドファーザー”ということか。
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