「金のために書いたのだ」  ―マリオ・プーゾに死美れる(ベストセラー前夜編)―

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『ゴッドファーザー』公開前後、原作者のマリオ・プーゾがどのような気持ちでいたのかを追っていきます。


まずプーゾの言葉を紹介し、その後に本文を続けています。


第一作目公開当時に出版されたプーゾの手記『The Making of the Godfather』をおもに利用しました。









【その1】

「小説は3冊書いた。『ゴッドファーザー』はそれまでの2冊ほどの出来ではない。金のために書いたのだ」




【その2】

「どんなに安く見積もっても私は本物の才人と認められていた。


聞いてほしい。私は真の作家だったのだ。本音で言えば、真の芸術家だ」









《本文》


マリオ・プーゾは芸術の狂信者だった。


宗教、愛、女性、あるいは男性、どれも信じていなかった。


社会だろうと哲学だろうと信じてなかった。


だが、ずっと芸術だけは信じていた。



『ゴッドファーザー』の前に出版していた2冊はどちらも純文学といえる作品で、売れはしなかったが書評では高評価だったためプーゾは自分をヒーローとすら思っていた。


ところが、つきあいのあった高級出版社はあまり感心していなかった。


あるとき、ひとりの編集者が物欲しそうに言った――


「2冊目の作品にもうちょっとああいうマフィアの話さえあれば、おそらく稼げただろう(端役のひとりがマフィアのボスだった)」


その出版社はマネーより芸術を大切にするとプーゾは信じていた。


うぶだった。


彼らは金を稼ぎたかったのだ。


商売でやっているのだから。



そのころはもう45歳であり、借金も多かった。


親戚にも、銀行にも、出版社にも、高利貸しにも、借りまくっていた。


その気になればいつでもベストセラーの商業小説を書ける確信はあった。


仲間、家族、債権者の誰もがやるしかないと断じた。



あるとき作家仲間にマフィアのストーリーを話して聞かせると、彼は夢中になり某出版社との面会の段取りをしてくれることになる。


編集部はプーゾの話を聞き、やってくれと言った。



それから3年が経過した。


1968年の夏に未完成の原稿を出版社に渡し、マリオ・プーゾは家族でヨーロッパに旅立つ。


なぜ未完成のままだったのかというと、妻に旅行の約束をしており出版社からの原稿料がどうしてもほしかったのだ。


ところがその資金だけでは足りず、一家はクレジットカードで借金をしまくり観光とギャンブルで使いまくった。


結局、クレジット会社に負った債務は8000ドル(当時のレートで288万円)にも上った。


なのにプーゾはまるで心配していなかった。


最悪の場合は家を売ればいい。いつでもできる。あるいは刑務所に行くか。お安いご用さ――平気でそう思っていた。


プーゾは一家(生家)の恥さらし者であった。


お金があればすぐに使ってしまうその日暮らしタイプの人間だったのだ。



マリオ・プーゾは執筆中、代理人を通して出版社とは別にパラマウント社と契約している。


これは大きなミスだった。


『ゴッドファーザー』の最初の100ページを書き終えた、まだ出版がずっと先のころである。


パラマウントと1万2500ドルのオプション(契約した一定期間だけ映画化権を所有する権利)契約を結んだのだ。


格安の契約だったため、代理人からは申し出を受けないよう忠告されていた。


待てと。


プーゾにとってそれは水中で深呼吸しろというほど不可能なことだった。


1万2500ドルは彼にとって巨大な金塊同然だったのだ。



原作本が売れ大金が転がりこむようになってもプーゾは金が入るやいなや使った。


借金のない状態にやっとなれたが、それはとても不思議な気がするものだった。



それほどまでに借金漬けの生活であった。





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