「あの本は自分の才能を十分に発揮したものではなかった」 ―マリオ・プーゾに死美れる(甘酸っぱい成功編)―

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『ゴッドファーザー』公開前後、原作者のマリオ・プーゾがどのような気持ちでいたのかを追っていきます。


まずプーゾの言葉を紹介し、その後に本文を続けています。


第一作目公開当時に出版されたプーゾの手記『The Making of the Godfather』をおもに利用しました。









【その1】

「予想よりも本のレビューははるかによかった。もっといいものにしておけばと後悔した。


気に入っている本ではある。エネルギーがあるし、純粋な神話として広く受け入れられる主人公を生み出したことでうまくいった。


だが、あの本は自分の才能を十分に発揮したものではなかったのだ」




【その2】

「作家を真にダメにするのは真の成功だ。


1年間、私は“楽しい時間”を過ごしながらブラブラしていた。それほどいいものではなかった。


問題はないのだが、最高でもなかった」









《本文》


マリオ・プーゾはゴッドファーザーをすべてリサーチで書いていた。


本物のギャングになど会ったこともなかった。


ギャンブルの世界には詳しかったがそれだけだ。


本が有名になってから題材に関係する男たちの何人かに紹介されたとき、裏社会にいたことはないと言っても信じてもらえなかった。


調査だけで書ける本じゃない、PRを企んでマフィアが100万ドルで書かせた、といったうわさも流れた。


プーゾはそれらを褒め言葉として大事に心にしまった。



ただ、名前が売れたからといっても人前に出るのは嫌だった。


苦痛なのだ。


パーティがあまり好きではなく、一度に数人以上と話すのもそうだった。


インタビューも写真を撮られるのもだ。



出版社に「やったことがないのに好きじゃないなんてどうしてわかるんだ?」と言いくるめられ、テレビ番組に出てみた。


クソ不愉快だった。


「テレビ上で目にするほとんどすべての作家はバカみたいだ。作家の利用するメディアではない」と思っていた。



結果的にテレビや宣伝の一切をやめてしまう。


本をベストセラーに押し上げる助けになる全米横断旅行にも行かなかったが、それでよかった。


他の人のためにでなく、自分のためによかったのだ。


知らない人に会うといつも神経が動揺するのであった。



神経の図太いキャラばかりの小説を書いた男の神経は、とても細かった。





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