「製作費を気にする側は、シチリアはいらないと思っていた」  ―マリオ・プーゾに死美れる(映画人の魅力と実態編)―

ゴッドファーザー (12).jpg



『ゴッドファーザー』公開前後、原作者のマリオ・プーゾがどのような気持ちでいたのかを追っていきます。


まずプーゾの言葉を紹介し、その後に本文を続けています。


第一作目公開当時に出版されたプーゾの手記『The Making of the Godfather』をおもに利用しました。









「製作費を気にする側は、シチリアはいらないと思っていた。


映画からたやすくカットできそうな場面を撮る金などないという理由で」









《本文》


マリオ・プーゾははりきっていた。


最初の会議にはパラマウント製作部長のロバート・エヴァンズ、プロデューサーのアル・ラディなどがそろい、プーゾは励まされた。


パラマウントにとって社運のかかる大作になるはずだった。


たまらない状況だ(社の救世主役としては『ある愛の詩』に先を越されたが)。


それからプーゾの先入観をくつがえす出来事が続くことになる。



アル・パチーノを含めた1か月にわたるキャスティングテストが終わった後のことだ。


フィルムに残されたすべてが親会社G&Wビル内のパラマウント映写室で披露された。


そのときまでプーゾは映画界の大物にでもなった気でいたが、映写室に座っているとそんな気持ちはなくなってしまった。


映画人をほんとうに尊敬するようになったのだ。


エヴァンズ、ラディ、コッポラなどが毎日延々と見続ける一方、自分は何度か参加した程度でくたくたになったからである。


また、パラマウントの社長スタンリー・ジャッフェであっても無理やり配役の提案を飲ませようとはしなかった。


立派な民主主義がそこにはあった。


ロバート・エヴァンズは礼儀正しく、議論にちゃんと耳を傾け人の意見に左右もされた。


誰もが魅力的だった。


ハリウッドの人間関係は映画製作のためにあり、ほとんどの友情が実務上のものであることはわかっていた。


ではあってもいっしょに働いた多くの人たちは好ましく、温かみや寛容さがあった。



最初は反対されたシチリアの場面を撮影できたのも、つまるところは認めてくれたエヴァンズやジャッフェのおかげだ。


費用を節約するプレッシャーがあったろうに、クリエイティブな視点に耳を傾けてくれた。


シチリアのパートあってこその映画なのだ。



映画が大ヒットすると、インタビューやニュース記事がさまざまな出版物から現れた。


トラブルは付き物だ。


プーゾはそのどれもが気にならなかった。


自分がその業界にいた者だからである。


雑誌や新聞は話をおもしろくするためにちょっと物事を曲げることをわかっていた。



映画の製作中であっても面倒事はあった。


あるときエヴァンズが新聞のインタビューを受けた。


作家主義は自分の信念のなかにはない、という態度を彼は取った。


それどころか、監督があまり口出ししないときに映画はおそらく成功するとも。


翌日、コッポラ監督は猛烈に怒ってエヴァンズに会うやいなやこう言った――


「ボブ、読んだぞ。監督なんかもういらないそうだな」


エヴァンズはやり過ごした。



プーゾにはおかしな風景だった。


なぜなら彼も作家主義など信じていなかったからだ。


トリュフォーやヒッチコックといった映画監督たちは別として。


プロデューサーによるカットだろうが、スタジオのトップによるカットだろうが信じていなかった。


脚本家がファイナルカットを担うべきと本音では思っていた。



ハリウッドの映画人を敬愛しつつも、プーゾにとっていちばん大切なのはやはり自分であった。





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