『ゴッドファーザー』公開前後、原作者のマリオ・プーゾがどのような気持ちでいたのかを追っていきます。
まずプーゾの言葉を紹介し、その後に本文を続けています。
第一作目公開当時に出版されたプーゾの手記『The Making of the Godfather』をおもに利用しました。
それ以外の資料については、「ゴッドファーザーのシリーズは、なぜ人気が衰えないのか? ―ゴッドファーザーに死美れる(ショット1)―」の記事内に掲載しています。
「私はパニックになった。はじめからマーロン・ブランドがいちばんいいと思っていたのに」
《本文》
マリオ・プーゾはハリウッドによる映画化にはまるで興味がなかった。
きっかけはある日の新聞だ。
そこには俳優のダニー・トーマスがゴッドファーザーの役をやりたがっていると書かれた記事があった。
マーロン・ブランドを望んでいたプーゾはあせった。
お互いの友人を通してブランドにコンタクトし、思いをつづった手紙を書いた。
ブランドは電話をしてくれた。
彼は本を読んでいなかったが、強力な監督が主張しないかぎりスタジオが自分を雇うことはないと言う。
電話越しにいい人ではあったが、あまり興味もなさそうだった。
それならしかたない。
その後プロデューサーのアル・ラディがやってきて脚本の依頼をされ、交渉により受けることになる。
脚本が仕上がると、プーゾはゴッドファーザー役についてフランシス・コッポラにちょっと話してみた。
もともと同意見だったコッポラはブランドの起用をいいアイデアだと言ってくれた。
プーゾはブランドとの話を覚えていたから、誰も彼もがこの案を嫌っていると警告した。
トラブルメーカーだからとか、もうけにならないとか、他にも無数の理由があった。
2本の失敗作があるコッポラにはこの件を通す力はないとプーゾは踏んだ。
フランシス・コッポラはずんぐりした陽気な男でたいてい楽天的だった。
プーゾが知らなかったのは、仕事については毅然とした態度を取れることであった。
とにもかくにも彼はブランドを勝ち取った。
そして、ブランドはトラブルなど起こさなかった。
ちなみにドン・コルレオーネの一部は、プーゾが自分の母親をモデルにしている。
「断れない申し出をする」などの見事なせりふはどれも母親から聞いたものだ。
名言にあふれる物語を書いた作家を育てたのは、簡潔で的を射た言葉を発する女性であった。
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