『ゴッドファーザー』公開前後、原作者のマリオ・プーゾがどのような気持ちでいたのかを追っていきます。
まずプーゾの言葉を紹介し、その後に本文を続けています。
第一作目公開当時に出版されたプーゾの手記『The Making of the Godfather』をおもに利用しました。
それ以外の資料については、「ゴッドファーザーのシリーズは、なぜ人気が衰えないのか? ―ゴッドファーザーに死美れる(ショット1)―」の記事内に掲載しています。
「脚本家、監督、プロデューサーはいつも役者をこき下ろす。
スター俳優はバカだとされている。女優は常に有力者に操られる。公私両面で。
彼ら彼女らに知性や感受性は必要とされないのだ」
《本文》
マリオ・プーゾはスクリーンテストを見ていられなかった。
スターになりたがる彼ら彼女らがあまりにもろく、影響されやすく、無防備だったからだ。
また多くの人たちが知的で、静かで、繊細で、内気だった。
ハリウッドでは1000本の企画のうち999本は流れるが、その間にプロデューサーは役者にせりふを読ませ、リハーサルをし、脚本を検討し、どう演じるかについて長く熱心な議論をする。
一方で俳優たちが、プロデューサー、スタジオ、代理人、さまざまな詐欺師たちにひどく搾取される現実もある。
自分の技を見せるチャンスをつかむため、もっとも深刻な屈辱を味わう。
キャリア初期でのそのような経験や長年にわたる待機を考えると、有名になり影響力をもってからの品行の悪さなど簡単に許せるとプーゾは感じた。
だが、プーゾがキャスティングの仕事についていけなくなった理由はほかにもある。
あるとき、きれいな女の子がオフィスに入ってきて役がほしいと告げられた。
どの役かとプーゾが尋ねると、「アポロニア」と彼女は言う。
アポロニアは原作でたいへんな美人として描かれる若いシチリア人女性だ。
なぜその役をやりたいのかプーゾはそのきれいな子に聞いた。
彼女は「だって私はアポロニアそっくりだから」と答えた。
その瞬間、プーゾはどんな男優も女優もいかれていると気づき始めたのだった。
20年も過ぎてから小屋を出てきた世捨て人だからといって、プーゾは自分を完全にうぶだとは思っていなかった。
だが、こう断言している。
映画業界の人たちには本物の魅力があると。
ときとしてそれが私欲とは無縁とはいえないものだとしても。
ただプーゾはこうも願っていた。
『ゴッドファーザー』の演技の半分は脚本のおかげだと。
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