ピースバッジをつける兵士は間違っている!……のか?  ―『フルメタル・ジャケット』を丸坊主にする(十三頭目)―




最初にBDの日本語字幕を、次に本文を、最後に同BD収録の英語字幕を紹介します。







北側に殺された南ベトナム人たちについて取材するジョーカーに問うアメリカ軍大佐



【日本語字幕】


大佐「(ジョーカーが胸に着けているピースマークのバッジを見て)海兵、そのバッジは何か?」


ジョーカー「平和のシンボルです」


大佐「どこでもらった?」


ジョーカー「忘れました」


大佐「(ジョーカーのヘルメットにある字を見て)ヘルメットの文字は何か?」


ジョーカー「“生来必殺”です」


大佐「殺しを頭に乗せ胸には平和。変態好みの冗談か?」


ジョーカー「(字幕なし)ノー、サー」


大佐「説明しろ」


ジョーカー「分かりません」


大佐「何も分かっとらんな」


ジョーカー「(字幕なし)ノー、サー」


大佐「ケツの穴引き締めんとおれの大グソぶっかけるぞ!」


ジョーカー「(字幕なし)イエス、サー」


大佐「答えんのなら厳罰に処す!」


ジョーカー「人間の二重性に関連が……」


大佐「(字幕なし)ホワット?」


ジョーカー「二重人格、ユングです」


大佐「お前、どっち側だ?」


ジョーカー「こっち側です」


大佐「祖国を愛するか?」


ジョーカー「愛してます」


大佐「では命令通り戦い祖国を大勝利に導け」


ジョーカー「(字幕なし)イエス、サー」


大佐「唯一の要求は本官の命令を神の啓示として従うこと。ベトナム人を援助するのはやつらの心に米人が住み解放の時を待っているから。硬式野球の世界だぞ。平和運動熱が滅ぶまで共に耐え抜こう」


ジョーカー「(字幕なし)アイアイ、サー」







「ストーリーのより深い意味について何か示すべきというなら、人間の二重性を説いたユングの思想によるところが大きいと言わざるをえない。一方で利他的行為と協調を口にしながら、他方では侵略を行い外国人を嫌うのだから」


「私は本作のキャラたちを善か悪かで見ていない。善でもあり悪でもあると見ている」


――上記のキューブリック監督による発言のうち、「利他的行為と協調を口にしながら、他方では侵略を行い外国人を嫌う」は脚本に記されていた。


映画で使われなかったのは、あまりにストレートな主張は味気ないと考えたからかもしれない。



大佐の「硬式野球の世界だぞ」はわかりにくいせりふだ。


硬式野球の原語「hardball」には「真剣勝負」の意味もあるから、この場合はそう訳すべきだろう。



「平和運動熱が滅ぶまで共に耐え抜こう」もよくわからない。


「平和運動に耐えてがんばろう」ならまだしも「滅ぶまで」となると、まるで平和を望むこと自体がよくないみたいだ。


軍人の仕事は戦いや殺しを真剣にやることだから、その当事者に平和を訴えるなど言語道断、平和を語るなら戦争後にしてくれ、と言いたいのだろうか。



「ベトナム人を援助するのはやつらの心に米人が住み解放の時を待っているから」には、ベトナム戦争が泥沼化した背景が微妙に感じられる。


南ベトナム側には、北は容赦ない全体主義国家だと考える人がたくさんいた。


だが、貧しさゆえに共産化したのだ。


アメリカは南側を反共の自由の闘士としていたが、国民の多くを占める貧しい農民たちに自由などわからない。


なのに下手に介入してしまったせいで、本来内戦だったものがアメリカ対共産勢力になってしまった。



このシーンは地味でありながら、じつはなかなか重要といえるのだ。







【英語字幕】


大佐「(ジョーカーが胸に着けているピースマークのバッジを見て)Marine, what is that button on your body armor?」


ジョーカー「A peace symbol, sir」


大佐「Where did you get it?」


ジョーカー「I don't remember, sir」


大佐「(ジョーカーのヘルメットにある字を見て)What is that written on your helmet?」


ジョーカー「Born to kill, sir」


大佐「You write born to kill on your helmet and wear a peace button. What's that supposed to be, some kind of sick joke?」


ジョーカー「No, sir」


大佐「What is it supposed to mean?」


ジョーカー「I don't know, sir」


大佐「You don't know much」


ジョーカー「No, sir」


大佐「Get your head and your ass wired together or I will take a shit on you」


ジョーカー「Yes, sir」


大佐「Now answer my question or you'll be standing tall before the man」


ジョーカー「I was trying to suggest something about the duality of man, sir」


大佐「The what?」


ジョーカー「The duality of man. The Jungian thing, sir」


大佐「Whose side are you on, son?」


ジョーカー「Our side, sir」


大佐「You love your country?」


ジョーカー「Yes, sir」


大佐「How about getting with the program. Jump on the team and come on in for the big win」


ジョーカー「Yes, sir」


大佐「All I've asked of my Marines is for them to obey my orders as they would God's word. We are here to help the Vietnamese, because inside every gook there is an American trying to get out. It's a hardball world, son. We've gotta try to keep our heads untill this peace craze blows over」


ジョーカー「Aye, aye, sir」





この記事へのコメント

  • Momonga Jack

    興味深い解説をありがとうございます。私もこのバッジのシーンには非常に興味を持っていました。というのも、終盤でジョーカーが狙撃手を撃つシーンで、このバッジの照明が気になったのです。ジョーカーが銃を構えてゆっくりと引き金を引く際、バッジが月の動きのように欠けていき、銃撃の瞬間にはバッジが完全に見えなくなります。この動きが映画の根幹をなす重要なシーンだと思いました。今回解説されたシーンとこれをつなげてみると、映画の意味がより深く理解できるように思います。
    2024年07月10日 18:03
  • たまケロ1号

    >Momonga Jackさん
    >
    >コメントありがとうございます。ジョーカーが引き金を引く際のバッジについてですが、私はまったく気がつきませんでした。見直してみるとたしかにそうですね。ちゃんと見ているつもりでもじつは見えていないことは多いものですね。参考になりました。
    2024年07月10日 21:02