ジョーカーの殺しは非道!……なのか?  ―『フルメタル・ジャケット』を丸坊主にする(十七頭目)―




最初にBDの日本語字幕を、次に本文を、最後に同BD収録の英語字幕を紹介します。







倒した少女のスナイパーを取り囲むアメリカ兵たち



【日本語字幕】


ドンロン「何と言ってる」


ジョーカー「祈ってる」


ロック「“ベイビーさん” シコシコ、もうダメダメ。助けようがねえや。死んだも同じ」


アニマルマザー「よし。おさらばしようぜ」


ジョーカー「彼女は?」


アニマルマザー「知るか。勝手に腐るさ」


ジョーカー「ここに残して行けない」


アニマルマザー「クソバカが。カウボーイもくたばったんだぜ。お前の最後のダチが。おれの命令に従え。おれの言い分は“ネズミに食わせろ”だ」


ジョーカー「指揮する気はないが、このまま残していけないと言ってるんだ」


少女「あたしを……撃って。撃って。撃って」


アニマルマザー「始末したけりゃ、さっさと始末しろ」


少女「あたしを……撃って。あたしを……撃って」


ジョーカーがつらそうな顔で少女に引き金を引く。


ラフターマン「ジョーカー。これで勲章もらえるぜ。悪虐非道勲章を!」


ドンロン「強烈……まったく強烈」







ジョーカーはもっとも慈悲深くて共感できるキャラだ。


他の兵士たちと違い、人間らしい表情をジョーカーは幾度も見せている。


口ではいきがっていても、もっとも殺しと縁のなさそうなそんな人間が、もっとも難しい顔が見えるほどの近距離での殺害を行う。


サイコではなさそうだし、殺人を命じる上官もいなければ、皆でやる気楽さもなければ、同調圧力もない。


なぜ殺れたのか?


相手に「撃って」と請われてはいた。


だが、その前からやるつもりになっている。


原作や脚本には相手の心を読んで実行したとあり、どちらにも少女による懇願は書かれていない。


映画の「撃って」は、あるいはジョーカーの内面にだけこだましていたのかもしれない。


何度も何度も頼まれて撃っているのに、周囲の仲間はその哀願が聞こえていなかったかのように悪虐だの強烈だの言っているからだ。



殺しはしたが強い慈悲心でそうしたのは間違いない。


そこに二重性のテーマが凝縮されている。


よくあるパターンの殺しのようだが、いちばんやりそうにない者が行うところがポイントだ。


キューブリック監督の傾向からして、戦争が普通の人間を殺し屋に変えるといった単純な訴えではなく、誰でも善悪の両面を、(それも常に)抱えていると言いたいのではないか。



いじめのシーンを思い出す。


ほほえみデブがドーナツを隠していたことがばれた身体検査の日から、連帯責任で皆が余計にしごかれるようになる。


そしてせっけんが暴れまくるあの夜がやってくる。


仲間の多くは1、2回なのに、ちゅうちょしていたはずのジョーカーはカウボーイに促されデブを6回もぶったたいた。


そして自分のベッドに戻ったジョーカーは、泣きわめくデブの声を聞きながら耳をふさぐのだ。


もっとも面倒を見てきた男がもっとも荒れ、もっとも悲しんでいた。


名シーンだった。



少女スナイパーのアイデアは奇をてらったものではない(原作・脚本も同じ)。


ベトナムに関する話や書物には、ベトコンの女性兵士を殺したときのショックと恐怖を詳細に扱っている例が少なくないからだ。


男性兵士にとっていかにも殺しにくい相手を設定し、それを殺す。


そこがミソだ。



「これで勲章もらえるぜ。悪虐非道勲章を!」にも意味がある。


勲章には罪悪感を弱める効果があるとされる。


「よくやった。おまえは正しいことをした。任務だったのだから失われた人命のことでおまえを非難する者はいない」という。


なのにここでは、戦争犯罪者に与えられるような勲章名(直訳すると「醜悪名誉勲章」)がジョーカーに投げられる。



普通の兵士がいかにも救いのないひどい所業に手を染める――そう計算された殺しがここにある。


ジョーカーは本作のテーマをずっしりと背負っているのだ。



ちなみに、「カウボーイもくたばったんだぜ。お前の最後のダチが。おれの命令に従え」の部分は正確ではない。


「カウボーイはくたばった。おまえは新参者だろ。いまや分隊のリーダーはこのおれだ」が正しい。


結局命令を無視してジョーカーは撃ってしまったため、原作・脚本ではアニマルマザーが激怒して少女の首をなたで切断しそれを皆に見せつける。


いちばん厳しく怖い海兵は自分だとマウントを取ろうとするのだ。


残酷度が高いせいか映画では使われていないが、バラバラになった首や胴体のスチル写真は残っているため撮影はされたらしい。



また、撃たれたスナイパーは祈っているのではなく、ベトナム語で「痛い」と言っている。


そのあとフランス語で「殺して」と請い、最後に英語で頼んでいる。







【英語字幕】


ドンロン「What's she saying?」


ジョーカー「She's praying」


ロック「No more boom-boom for this baby-san. There's nothing we can do for her. She's dead meat」


アニマルマザー「Okay. Let's get the fuck out of here」


ジョーカー「What about her?」


アニマルマザー「Fuck her. Let her rot」


ジョーカー「We can't just leave her here」


アニマルマザー「Hey, asshole. Cowboy's wasted. You're fresh out of friends. I'm running this squad now, and I say we leave the gook for the mother-loving rats」


ジョーカー「I'm not trying to run this squad. I'm just saying we can't leave her like this」


少女「Shoot me. Shoot me. Shoot me. Shoot. Shoot」


アニマルマザー「If you wanna waste her, go on, waste her」


少女「Shoot me. Shoot me. Shoot me. Shoot me. Shoot. Shoot. Shoot. Shoot」


ジョーカーがつらそうな顔で少女に引き金を引く。


ラフターマン「Joker, we're gonna have to put you up for the Congressinal Medal of Ugly」


ドンロン「Hard-core, man. Fucking hard-core」





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