映画『ゴッドファーザー PART III』はこうして世間にとって凡作となった!

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   原題: The Godfather Part III

  公開年: 1990年

 収録時間: 162分(劇場版)、170分(ビデオ版)

 IMDb評点: 7.6

 ジャンル: クライム、ドラマ

  出演者: アル・パチーノ、ダイアン・キートン、アンディ・ガルシア、タリア・シャイア、イーライ・ウォラック、ソフィア・コッポラ

   監督: フランシス・フォード・コッポラ







最初にアル・パチーノの言葉を紹介し、その後で本文を続けています。




ネタバレありです。







「マイケルは救いを求めたのか、救いを求めるような男だったのかどうか。観客は彼が変わるのを望まなかったかもしれない。それがいまだにわからない。監督と共に悩んだ箇所だ」







《本文》

たしかに、ロバート・デュヴァルの不在は大きかったらしい。


デュヴァルが演じるはずだったトム・ヘイゲンがいた場合のストーリーについて、アル・パチーノはこう明かしている――


「ヘイゲンにはいろいろプレッシャーがあったが、生命の脅迫を受け、ついには殺される。その殺しの解明に乗り出したマイケルが教会に乗りこむ。しかもマイケルは、帽子をとって恭順の態度で教会に行くのではない。まったく違った態度で行く」


デュヴァルの要求する高額なギャラをスタジオが用意してくれないため、コッポラ監督はデュヴァルの撮影期間を短くできる脚本にすることまでしたが翻意させられなかった。


ヘイゲンなくして映画の完成はないと監督は残念がったそうだが、パチーノの話がほんとうならうなずけるものがある。



一方、参加したために足を引っ張ったとされたのが監督の娘であるソフィア・コッポラだ。


彼女はじつは女優業に興味がなかった。


メアリー役のウィノナ・ライダーが降板したことで焦っていた父親を助けるために引き受けたのだ。


ソフィア・コッポラ「(酷評について)動揺はなかった。女優になるのは夢じゃなかったから押しつぶされたりしない。関心があったのは他のこと(映画製作)だし。あれで打ち砕かれたわけじゃない」


ソフィア・コッポラは平気だったのである(ただの強がりかもしれないが)。


そもそもあの素人くさい演技は解釈次第だ。


私は嫌いではない。



コッポラはみずからが設立したアメリカン・ゾエトロープ社の招いた借金のせいもあって本作に関わっている。


乗り気ではなかったがそれでもやるからには十分な準備が必要だ。


ところがクリスマスの時期に合わせて公開したがるスタジオ側の都合で厳しいスケジュールを強いられた。


時間不足で事前に十分な脚本を書けなかった監督は、撮影しながら何度も書き直しせざるをえなくなり、結果として多大な手間と遅れが生じてしまった。


プロダクションデザイナーのディーン・タヴォウラリスによれば3本分の映画を手掛けているようだったという。


脚本が変更されれば、ロケハンやセットの作製などを新たにやる必要があるからだ。



デュヴァルのギャラにしても製作日程にしても、監督に往年の力があればスタジオを押し切れていたのかもしれない。


そのエネルギーのなさがマイケルの姿にも表れてしまったのだろうか。


コッポラ「もうマイケルは派手に立ち回る男ではない。マイケルのそういう面に私はもう興味がなく、むしろ彼が何をしてきたか、その方に興味があって、敵を排除する彼を描きたいと思わなかった」


コッポラ「マイケルは弱々しい姿を見せる。糖尿病が悪化してかなり体調が悪いんだ。幻滅するような年老いたマイケルの姿を観客は見たくないと思っただろう。マイケル・コルレオーネが生身の人間で、病気と闘う姿など見たくない。クールに敵の上を行く彼が見たかったはずだ」


それでもマフィア映画らしい娯楽要素は必要である。


どうしたか?


コッポラ「パラマウントのフランクマンキューソはとても優しい好人物で優秀な映画製作者。当時彼はつらい立場にいた。彼はこの映画をヒットさせ利益を上げる必要があった。そこでスリラーの要素を強くして俗にいうアクションや復讐に重点を置きたがった。一方私はこの主人公を、善良な人間になれないと嘆き悲しませ、観客にこう思わせたかった。彼はもう戦えない。代わりにヴィンセントに昔のマイケルと同じように敵を一掃させろ。それがこの場面(ドンの座を継承させるシーン)の意図だ」



アル・パチーノは別のインタビューではっきりとこう言っている――


「あの映画の真の問題は何だったか、わかっているね。真の問題は何か? マイケルが報いを受けて、罪の意識に苦しめられるのを誰も見たくなかったということだ。彼はそんな男じゃないんだ」



『ゴッドファーザー PART III』は、こうして世間にとって凡作となった。





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