映画『ゴッドファーザー〈最終章〉:マイケル・コルレオーネの最期』はこうして監督にとって名作となった!

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  公開年: 2020年

 収録時間: 158分

 IMDb評点: 7.6

 私的評価: 7.3

 ジャンル: クライム、ドラマ

  出演者: アル・パチーノ、ダイアン・キートン、アンディ・ガルシア、タリア・シャイア、イーライ・ウォラック、ソフィア・コッポラ

   監督: フランシス・フォード・コッポラ







最初にコッポラ監督の言葉を紹介し、その後で本文を続けています。




ネタバレありです。







「私がヒトラーの映画を撮るとする。そしてそれをカリスマ性のある役者に演じさせる。


人々は言うだろう。ヒトラーを善良な人間にしようとしていると。


もちろん彼はそうじゃない。


ただこの世で最大の悪であっても、それをなすのは不幸を抱えたまともな者たちなのだ。


私の言い分はこうだ――


いかにもな人間らしさなくして、マフィアファミリーの内部を描く映画は作れない」







《本文》

マイケル・コルレオーネがバチカン銀行総裁の大司教と取引をする再編集版の冒頭は、もともと脚本段階でオープニングに置かれていた。


なぜ劇場版で後回しにされたのかはともかく、もとに戻したわけをコッポラ監督はこう語っている――


「最初からどういう話なのか理解できるような筋にするつもりだった。マイケルはバチカンと取引をする。今回かぎりで子どもたちを犯罪者一家にいる状況から取り除けるよう、彼はそうするのだ」


アル・パチーノの内面には葛藤があったらしいが、撮影時は監督の方針に従った。


コッポラ「アル・パチーノはとても勇敢に確立されたマイケルのイメージから外れる役作りをしてくれた。撮影1日目に彼の髪を切った瞬間から私たちが進む道は決まった。彼は前作のようなマイケルは演じない。彼はもう敵の一歩先を行く男ではないんだ。この作品のマイケルは1作目でマーロンが演じたような男だ。罪を贖い家族を取り戻したいと心から願うような男として描かれる」


なぜ、実の娘のソフィア・コッポラに演じさせたのか。


コッポラ「娘を使ったのには理由がある。私はこの作品は自分の妹や両親や娘を元に登場人物を作り出していた。そしてマイケルの最大の悲劇をか弱い娘に表現させようと思った。それで自分の娘を選んだんだ」



コッポラは1986年に当時23歳の息子をモーターボートの事故で失っている。


コッポラ「子供を亡くすと、それが朝起きたとき一番最初に考えることになる。およそ7、8年続いたよ。そして、それが最初に考えることでなくなる初めての朝がやってくる。しゃきっとする朝が」


本作の撮影時にはまだつらい朝がつづいていたことになる。


実際周囲の人たちも監督の物悲しさをいつも感じていたらしい。


それなのに娘を使ってひどい悲劇の場面を生み出そうとしていた。


そのわけを、「コッポラは自分の悲しみを世界に向けて叫ぶために娘をキャスティングしたのではないか」と分析するメディアもあった。


コッポラも「私はマイケルに自分を重ねていた」と認めているから、マイケルのあの絶叫はコッポラ監督のものでもあったのだろう。



監督の暗い思いが、黒いサングラスをかけて終わるラストショットにはっきりと表現されている。


コッポラ「マイケル・コルレオーネのような男はいつだって内に罪人の部分をもつ。王様やそれにかかわる事柄を描く偉大な悲劇の物語はどれもそうだ。それは悪の部分だが、それとはべつに純粋無垢な面もある。娘はその象徴なのだ。なのに、最後には彼女を失ってしまう。自分自身の無垢で純粋な部分を無くしてしまうのだ」



『ゴッドファーザー〈最終章〉:マイケル・コルレオーネの最期』は、こうして監督にとって名作となった。





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