レンタルビデオ屋さんの物語 (一覧)

*編集の都合上、以下の全記事の投稿日を同一日に修正しています。 【レンタルビデオ屋さんの物語】 業界の黎明期  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その1)― 店員がカウンター内で遊ぶ店  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その2)― 厄介で愉快なやーさんたち  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その3)― 厄介で奇妙な外国人たち  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その4)― ビデオ屋さんのトラブルと不正問題  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その5)― 【続・レンタルビデオ屋さんの物語】 シフトを組むのはつらいよ  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その1)― ユルい社内と万引きのお話  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その2)― アダルトコーナーとトイレでの怪奇現象  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その3)― お店がオリジナルビデオの撮影現場になった日  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その4)― あらゆるものが壊れまくる問題店舗  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その5)― リーダーと部下について  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その6)― いまの宅配レンタルはシステムを変えるべき!  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その7)― 過当競争はもうたいへん  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その8)― 【新・レンタルビデオ屋さんの物語】 できそ…

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業界の黎明期  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その1)― 

映画をよくみる人は、おそらく映画館やテレビだけでなくビデオでみる人も多いでしょう。 最近ではネット配信による視聴が増えているとはいえ、まだまだDVDなどのメディアは健在です。 通常、その利用方法はレンタルでしょう。私も好きなタイトルは買ってしまいますが、やはりレンタルでの利用がもっとも多く、現在は店舗と郵送での利用が半々くらいになっているでしょうか。 レンタルビデオの初期がどういうものだったか、いまではよくしらない人も多いでしょうから、ちょっと昔を思いだしながら書いてみたいと思います。 私がはじめてビデオ屋さんを利用したのは、1980年代の半ばごろだったと記憶しています(もう正確には覚えていないのです)。 当時、東京の江東区に住んでいたのですが、近所にビデオ店ができたときは最高にうれしかったですね。 なにしろ好きな作品を好きな時間に自宅でみられるんですからね。待たされるばかりの映画館やテレビとはちがいます。 そのため、現在の感覚で考えたらありえないほど、料金の高さはそりゃもうたいへんなものでした。 全商品、一泊二日で1本1300円です! 延滞金は1日500円だったでしょうか。ロードショー映画の料金とほぼ同額だったのです。 しかし、私は高いとは思いませんでした。メリットを考えるとむしろ安く感じたくらいです(タイトル数はまだ寒いものでしたが)。 ところがオープンから半年で…

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店員がカウンター内で遊ぶ店  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その2)― 

私がアルバイトとして入店したレンタルビデオ屋さんは、東池袋にありました。1989年だったと思います。 この年には昭和天皇が崩御しており、その際にほぼすべてのテレビの番組が、天皇関係のものに支配されてしまうということが起こりました。 そのため、ビデオ屋さんに訪れる人がたいへんな数になったことですさまじい忙しさだったようですが、私が入店したのはその時期の後なので、具体的な状況はわかりません。 当時のビデオ屋さんはこじんまりしたところが多く、私の店も15坪ほどだったでしょうか。カウンターやトイレのスペースで2坪、アダルトコーナーが3坪、一般ビデオの床が10坪といった感じでした。 この店のポイントは、事務所のスペースがなかったということです。 本来、休憩したり食事をしたりといったときは、事務所を使うか外にでるのがあたりまえですが、その店ではあろうことか、すべてカウンターのなかで行っていたのです。つまり、お客さんがいる前で! カウンター内で椅子にすわり(お客さんの前で!)、テレビをみながらゲラゲラ笑い(お客さんの前で!)、お昼に店屋物のラーメンをすすり(お客さんの前で!)、ポーカーで遊び(お客さんの前で!)、さらにはタバコまで吸っていたのです(当然、お客さんの前で!)!!! 接客にうるさい現在のサービス業の常識からは考えられないことです。いま話題になっているネット上に投稿されるおふざけ写真なんかの比じゃありませ…

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厄介で愉快なやーさんたち  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その3)― 

暴力団が縄張り内の風俗店や飲食店などに支払わせている「みかじめ料」とか「ショバ代」なるものがありますが、私がいた店も毎月払っていました。 ある組の若い人が毎月訪れ、レジから5千円をだして渡すことになっていたのです。 一応、物を売るという名目で集金するようで、私の店にはなぜか乾電池1個(それも使用済みの)と小さなトイレ消臭剤1個をもってきました。 前回書いたようにいい加減な雰囲気の店内でしたから、やくざの人たちに軽くあしらわれるようなことも多く、借りたビデオをいつまでも返さないとか、返しても延滞金を払わないとか、けっこう面倒がありましたね。 なにかの小説に、やくざ者に脅されるのは想像以上に怖いものだと書かれていましたが、まったくその通りです。 私もはじめて、「こんな店、すぐにでも潰せるんだぞ!」とか、「夜道にゃ気いつけや!」とかいわれたときは、まじめにものすごく怖かったものです。 でも、何度かいわれるうちに慣れてしまいました。慣れってヤツもほんとうに怖いものですね(^^)。 さて、やーさんというのはとにかく自己中ですからいろいろ振りまわされましたが、いまではいい思い出といえるような話もあります。 そのなかから、いくつかご紹介します。 〈エピソード1〉 任侠ものビデオのコーナーで やーさん: 「おい、なんかおもしれーもんねーか?」 私: 「いやあ、任侠ものはあまりみない…

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厄介で奇妙な外国人たち  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その4)― 

さて、このころの池袋、外国人が多かったですねえ(いまはもっと増えてるんでしょうか)。 あるとき入会申込書をざっと調べてみたら、お客さんの十人に一人は外国人だったため、やっぱりなと思いつつも驚いたものです。 入会時、会社が用意する日本語の会員規約をみせても理解してもらえないため、当然英語で最低限の説明をすることになりますが、うまくできないため、みんなで独自に英語版の規約書をつくったりしましたね(文法的にはあやしいものでしたが)。 しかし、入会時にウソの連絡先を書かれ、借りたふりをして商品を盗まれたりといったことも時々ありました。 身分証明書のほかに住所確認できるものを提示してもらうため、住所のウソはまずないのですが、問題は電話番号です。 ほとんどの人はウソを書きませんが、なかには平気で書く人もいるのです。それは延滞時の督促電話によってはじめてわかるわけですが、いいたかないものの、たいていそれは中国の人でした。 あやしいなと判断すると、すぐに自宅訪問することにしていましたが、行くとアパートの部屋はもぬけの殻だったりするわけです。最初から盗むつもりで、引っ越し前に借りているのです。 このころには中国の経済開放もだいぶ進んでいたはずですが、やはり日本とは体制がちがいますから、「この店と、向こうにある店(競合店)のレンタル料金がちがうのは納得できない」とか、社会主義国の人ならではの疑問に悩まされたりもしました。…

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ビデオ屋さんのトラブルと不正問題  ―レンタルビデオ屋さんの物語(その5)― 

トラブルというのはどんな商売でもあることでしょうが、ビデオ店にはビデオ店特有のトラブルがあります。 とくに厄介なのが、延滞とビデオデッキの故障関係ですね。 延滞の督促電話は、返却予定日を3日すぎたときに行うことになっていましたが、お客さんによって反応がちがうことがあり、「3日で電話するなんて早すぎる。うっとうしい」という人もいれば、「もっと早く連絡してよ。忘れてたほうも悪いけど、3日じゃ遅い」という人なんかもいるわけです。 また、ビデオを「返した、返してない」でもめることもあります。たしかに店側のミスもあるのですが、お客さんの記憶ちがいもあるようで、この場合はたいていお店のほうが泣き寝入りすることになります。 一度、「やっぱり自分がまちがっていた」と、菓子折りをもって謝罪に来てくれた人がいましたが、いい人もいるもので、普通はまちがいに気づいても返却しないで放っておくでしょうね。 延滞する人にはいろんな事情があるようで、たとえば、「自分の会員証を使って借りて彼氏の家でみたけど、テープはそこに置きっぱなしで、なおかつ彼氏とは別れたから返却はムリ」とか、えらい身勝手なものもあります。 ビデオデッキの故障がらみでのトラブルはもっと面倒です。 いまではDVDプレーヤーが主流ですから、あまりトラブルはないと思われますが、ビデオテープの時代はテープがデッキ内でからまってしまうという問題がよくあったものです。 …

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シフトを組むのはつらいよ  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その1)― 

さて、1992年に某レンタルビデオチェーンの会社に入社後、数年して都内の一地区を統括する立場になりました。地区長ですね。 区域内の店舗は四つあり、中野・新宿・赤羽・三軒茶屋に各店がありました。 店員が10人もいない小規模なお店ばかりでしたが、どこも採算をとるのが厳しかったため、人件費の節約上、4店のうち3店舗の店長を兼任させられました。 これが、じつにつらかったのです。 レンタルビデオ店というのは、年中無休でなおかつ営業時間が深夜におよぶのが普通です。よって、どんな日やどんな時間帯でも、シフトを組めなくてはいけません(いまではコンビニにかぎらず、そんな形態の小売業は珍しくなくなりましたけれど)。 シフトの作成上多くの人がいたほうが好都合なわけですが、多めに雇ってしまうと一人あたりの稼ぎが減ってしまいます。 そして、小規模なお店というのはスタッフ数がもともと少ないですから、結局ギリギリの人数でお店を運営することになるのです。 そのため、人手が足りないときは社員や店長がその分がんばる必要があるわけですが、3店舗あるとなると、もしも2店以上で人手不足の状態になったらもうお手上げなのです。自分の体は一つですからね。 ほんとうにヤバいときは他店のスタッフにお願いして、いきなり行ったこともないお店に行かせて働いてもらうこともありました。 この時期は、体力の問題よりもそういったストレスのほうが身…

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ユルい社内と万引きのお話  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その2)― 

管轄店舗は4店舗でしたが、拠点となったのは中野(東中野)のお店です。 ちょっと話はさかのぼりますが、そのお店で私がアルバイトから社員になったとき、じつはいきなり店長として採用されたのです。 べつに私が優秀だったからではなく、たまたまそれまでの店長が辞めることになり、なおかつ代わりの人材として適当な人が社内にいなかったからということが理由のひとつです。 もうひとつは、そのときの地区長に気にいられていたということもあります。 その地区長がちょっとクセモノでして、昼は普通に社員として働いていたのですが、なんと夜は歌舞伎町の賭けポーカー屋の店長業務をしていたのです(この件は、このブログ内の記事「眠らない街 新宿鮫」でも書いています)。 当然昼間は眠いはずですが、私のときとちがってどのお店にも店長がいましたから、うまく怠けながらやっていたのです。まだ携帯電話も普及しておらず、会社からの連絡はポケベルでしたから、けっこうのんびりできたわけです。 あるとき会社からのファックスで、各店舗にアンケートをとるような書類が届きました。 その地区長が「ファックスを送ってきた課長(地区長の上司)はシャレがわかる人だから、『さて、アンケートの回答はなんでしょう?』とか書いて返信していいよ。ハハ」というので、私は素直にそう書いて送りかえしてみました。 すると速攻で課長から電話があり、「おまえ、会社なめてんのか!? この野…

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アダルトコーナーとトイレでの怪奇現象  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その3)― 

小さなお店のアダルトコーナーというのは通常とてもむさ苦しいもので、空気の流れが悪い場所だと妙な臭いが漂っていたりすることもよくあります。 世間には露出狂なる人たちがいるようで、ときどきニュースになったりしますが、ビデオ店のアダルトコーナーなら、そんな人たちがときどき出現するかもしれません。 私はそのテの人には出会ったことがないのですが、それに近いものと一度出会いました。 男の「アレ」の、そのまた「中身」と出会ったのです! 東中野店のアダルトコーナーはやや狭く、はっきり死角になる空間があったのですが、その死角部分の棚にあるビデオの返却作業をしているとき、手にネトッとしたものがついたことがあるのです。 恐る恐るその手を鼻に近づけ臭いをかぐと、そうです、白く濁ったそれは、男の「アレ」からでる「ナニ」だったのです! どこかのイカれた男が商品にかけたのだー!!(ここだけ絶叫モード) あせりました。すぐに手を洗いましたけれど、もしもそいつがエイズにでも感染していたらと思うとゾッとします。 ビデオ屋さんで働いている方は、気をつけましょう! さて、お次はトイレでの奇怪なお話です。食事中の人は読まないほうがいいです。 これは東京時代よりだいぶ先のことで、転勤先の関西での店舗で起こったことですが、ある日お店のトイレに入ると、そこにはあり得ない光景が広がっていたわけです。 トイレ…

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お店がオリジナルビデオの撮影現場になった日  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その4)― 

私が管轄する地区内のお店には、ときどき有名人がお客さんとして来店していました。 当時の某有名アナウンサー、当時の某有名タレント、当時の某有名AV女優などですが、それとはべつに、テレビ局や映画会社の撮影依頼なんかもありました。 そのなかでもっとも印象に残っているのは、新宿の店舗で行われたあるオリジナルビデオの撮影です。 小滝橋通り沿いにあるお店で、店舗スペースは20坪程度だったと思いますが、カウンターが広く、商品を置く什器も移動させやすい配置だったため、撮影に向いているというのが選ばれた理由だったのでしょう。 また、お店のすぐ前の道路が広いことも好都合だったようです。 というのも、撮影隊は大型バス2台で乗りつけたからです。スタッフや出演者の移動用と、衣装、小道具、撮影機材などを積んだバスの2台だったみたいですね。 この作品のタイトルは「ジャスキス」(1996年発売)といって、SFアクションコメディって感じのオリジナルビデオです(DVDにはなっていないので、いまみるなら中古ビデオを買うしかありません)。 監督は、特撮ものでしられる雨宮慶太監督の一番弟子といわれていた三ツ浦孝さんという人でした。 主演は、東京パフォーマンスドールのメンバーだった穴井夕子さんです。 予定時間は朝8時から翌朝8時までということでしたが、まさか24時間フルに撮影するとは思えないので、夜には終わるだろうと私は考え…

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あらゆるものが壊れまくる問題店舗  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その5)― 

赤羽のお店は、JR赤羽駅東口側の商店街の中にありました。 2階もある売り場でしたが、1階と合わせても計20坪程度しかない小規模店です。しかし、駅前商店街ということもあったせいか、坪あたりの家賃はかなり高額でした。 ところが、建物や設備・備品などかなり古く、それもものすごく古く、いやそうとうに古く、そりゃもうあきれるほど古く、あっちこっち常に面倒が起きまくる問題店舗だったのだ―!!(いきなり絶叫モード) もう、スタッフからしょっちゅうトラブルの連絡が入る毎日でした。 「シャッターが壊れました」、「自動ドアが壊れました」、「レジが壊れました」、「ビデオデッキが壊れました」、「タイムレコーダーが壊れました」、「エアコンが壊れました」、「漏電ブレーカーが落ちて停電しました」などなどです。 真夏にエアコンが壊れたときはきつかったですねえ。 2階の売り場にあったエアコンなのですが、なにしろ場所は2階ですし換気設備もろくになかったものですから、むあっとしたむさ苦しい空気がドロドロドロ~っと身にまとわりつくようで、つらかったものです。 すぐに業者の人が来てくれればよかったのですが、真夏のエアコン修理は業者さんたちも忙しく、たしかこのときは1週間ほど待たされたのです。 私は店舗に常駐していなかったのでまだよかったのですが、スタッフはたいへんだったでしょう。返却作業がありますからね。 それも、2階には…

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リーダーと部下について  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その6)― 

地区内最後の1店である三軒茶屋のお店は、ツタヤ三軒茶屋店が出店しているキャロットタワーのちょうど向かいのビル内にありました。 このお店は売り上げがよく店長もしっかりしていたため、ほぼ問題がなかったのですが、しっかりしすぎる店長というのもいくらか問題があるのです。 優秀な人というのは自尊心や自主性が強く、批判精神も旺盛だったりします。そういう人は、いうことを素直にきいてくれないことがよくあるということです。 チェーン店のメリットとして、商品在庫・用品・備品などを互いに融通することで、余剰品や欠品がないようにできるということがあります。 たとえば、あるタイトルがA店ではいつもレンタル中なのに、B店ではあまり人気がない場合、それをB店からA店に移動するわけです。 チェーン展開している現在の大手企業は、よくできた在庫管理システムのおかげで、そのような移動業務は楽になっているでしょうが、私がいたころは地区内でうまくやりくりするしかありませんでした。 ところが、しっかり者の店長に「この商品を他店に移動してほしい」といったりすると、「こっちもなにかもらえるんですよね?」と、しっかりしっかりお返しを要求してきたりするのです。 会社にはいわゆる成果主義による人事考課制度などありませんでしたが、店舗の成績がよければ店長の給与や出世に影響することもありますから、商品のことに敏感になるのは理解できますけれども。 ま…

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いまの宅配レンタルはシステムを変えるべき!  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その7)― 

一週間レンタルというものが業界にでてきてから、もう20年以上になります。 どこが最初に始めたのかわかりませんが、私がアルバイトだったころのお店では、セットサービスとしてまずはスタートしました。 旧作を5点以上レンタルすれば、自動的に一週間レンタルの扱いになるというものです。 そしてある時期、会社側の指示で1点からOKになったわけです。 アルバイトの身分でありながらも、これはちょっと不安でした。 いままで一泊で貸していたものを、旧作だけとはいえ1点から一週間OKにするというのは、本来とれるはずの延滞金がとれなくなり、また在庫不足の心配もあるため、売り上げも客数も落ちるのじゃないか?と感じたからです。 ところが、その心配は杞憂に終わりました。 予想以上に売り上げが増大したのです。借りやすくなったことで客数や貸出点数が増えたんですね。 貸し出されたものがなかなか戻ってこない(つまり、お客さんからすればいつ来てもレンタル中)という問題もあったのですが、手に入りにくいことで、よりほしくなるといった渇望感を引きだすこともできたようです。 しかし、いつ来てもないとなると不満も高まりますし、お店にとっては機会損失になります。 そこででてきたのが、ツタヤが始めたPPT(Pay Per Transaction)というシステムです。 これは簡単にいうと、メーカーから安く商品を売っても…

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過当競争はもうたいへん  ―続・レンタルビデオ屋さんの物語(その8)― 

最近のレンタル店の出店事情はどうなっているのかわかりませんが、私がしる一昔前においては、オープン時に激安のレンタル料金でお客さんを呼ぶことが多いものでした。 10円レンタルとか、1円レンタルとかですね。 レンタル店というのは、まずは会員を増やさないと話になりませんから、激安レンタルによって多くの人に来店してもらい、とにかく会員になってもらいたいということです。 しかし、オープンセールの期間が終わっても、かなり安めの料金を続けることもあります。 その目的は、競合店をつぶすことです。 はじめからかなわないと感じる相手ならともかく、こちらのほうがお店として新しく在庫も豊富となれば、あとは料金次第で勝つことが可能だからです。 ただし、相手がつぶれるまではガマンしなくてはいけませんから、それまでは利益がでないこともあります。 相手が想像以上にしぶとく、改装や低料金などで対抗してくると、もっとたいへんです。いわゆる過当競争というやつになってしまうことがあるからです。 もう10年も前になりますが、私の担当する地区内のある店舗でそうなったことがあります。 こちらのお店と競合店の双方が、新作も含め1点オール50円でレンタルする状態だったのです。期間限定サービスなどではなく、通常料金でです。DVDもでした。 当時はまだDVDレンタルは主流ではなく、ほとんどのレンタル店ではDVDは旧作でも30…

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できそこないの一番店  ―新・レンタルビデオ屋さんの物語 光が丘奮闘編(その1)― 

私はいわゆる転勤族でしたから多くの地域や店舗で勤務したのですが、なかでも思い出深いのは東京の練馬区光が丘での経験です。 光が丘パークタウンまたは光が丘団地は、かつて公団住宅といわれた巨大住宅地です。 そこに会社で初の複合型店舗をオープンすることになったのですが、その店長として赴任したのです。 複合型店舗というのは、レンタルビデオ・CD、セルビデオ・CD、本、文房具など多種類の商材を扱うお店のことですが、おそらくはツタヤによって広まったビジネスモデルです。 光が丘は立地上大きな売り上げが見込める場所でした。 都営大江戸線の光が丘駅を降りてすぐ目の前にある店舗だったからです(まだ光が丘~新宿間しか開通していなかった時期ですが)。 光が丘にはIMAという大きなショッピングセンターがありその南館に出店したのですが、本館にはダイエーや西武百貨店などもありけっこうにぎやかだった記憶があります。 ただし、IMA内のテナントにはある悩ましい問題がありどこもつらかったようですが、これについてはいずれ書く予定です。 出店したのは1995年ですが、私が勤務したのは1996年~97年にかけてです。 まだ中小企業だったとはいえ系列店が全国に200店近くあった会社です。そのなかで売上一番店を期待された光が丘店は予想通りにそうなりました。 そこの店長に任命されたのですから、そりゃもう鼻高々です。そんな…

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簡単かつ超テキトーなシフト組み  ―新・レンタルビデオ屋さんの物語 光が丘奮闘編(その2)― 

店長として赴任したのはオープンの1年後です。 当初与えられた最大の使命は人件費の削減でした。 かなりの売り上げが見込めるお店でしたから、会社として1年目は人件費の予算をたっぷり組んでいたのですが、ムダも多かったのです。 そこに大なたを振るう役割を担ったわけです。 店舗スタッフの人数は社員3人+アルバイト店員20~30人でしたが、社員の給与は会社が決めるわけですから、店舗として削減するのはアルバイトさんの人件費ということになります。 勤務時間表を作成する際、通常行われるのは一定期間ごとにスタッフの人たちから提出された希望に沿ってシフトを組む方法と、全員の勤務時間について曜日や時間帯を固定してしまう方法があります。 しかし、私が赴任するまで光が丘店で行われていたのは、とてもユニークで簡単、けれどとんでもなくテキトーな方法だったのです。 人件費の削減上都合のいい方法でもあったため、結局私もそのやりかたを踏襲することにしたのですが、それは以下のようなものでした。 ホワイトボードに人名なしで空欄だけの2週間分のシフト表を書いておきます。そこへ必要な人数分のマス目をいれるのですが、たとえば月曜日の早番に5マス、遅番に4マスといった感じで書きいれます。 マスのなかは当然空欄のままです。その空欄をみて、スタッフが自分の入りたいマス内に名前を書いていくわけです。 つまり早い者勝ちです。スタ…

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映画は吹き替え版、音楽は小室ファミリーが台頭した時代  ―新・レンタルビデオ屋さんの物語 光が丘奮闘編(その3)― 

光が丘店にはアダルトビデオのコーナーがありませんでした。 現在のレンタル店は、店舗イメージの問題やネット上のアダルトサイトにお客を奪われている事情などで、コーナーを設けていないところもあるようですが、このころにアダルトをやらないお店は珍しい存在でした。 ショッピングセンターを管理・運営するデベロッパーの許可がおりなかったからです。 光が丘には町内会・自治会にあたる巨大な住民組織があり、同組織には風紀上好ましくないものを排除する傾向があったことで許可できないようでした。 パチンコ店出店への激しい反対運動などもあった地域ですから、デベロッパーはなにかと住民側の顔色をうかがっていたようです。 UFOキャッチャーを売り場に設置しようと申請をだしたとき、「子供がたくさん並ぶかもしれない。そうなると転ぶような子供もたくさんでるかもしれない。だからダメ」といわれました。 まったくわけのわからない理屈でしたね(^^)。 そのくせプリクラ設置の許可は後日おりましたから、結局住民の意向次第だったということでしょうか。 ショッピングセンターにもよるのでしょうが、テナント側は場所を借りているだけというわけではなく、営業内容や売り場づくりについてなにかと管理されるものだということを初めてしりました。 会社とデベロッパーの二人の経営者がいる感じでしたね。 ただ、ファミリー層が中心のお店でしたからアダ…

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できる人はいくらでもいる  ―新・レンタルビデオ屋さんの物語 光が丘奮闘編(その4)― 

あけましておめでとうございます。 レンタル店で働く方々は年末も年始もありませんからたいへんですね。ご苦労さまです。 この時期は休みたがる人が多いですから、人手を確保するために割増の時給をアルバイトさんたちに提示していたものですが、それでも人数が足りなくてけっこうつらかった思い出があります。 さて、サービス業や小売業には期間を定めた「セール」や「キャンペーン」といったものがあります。 系列店であれば通常それはチラシやコマーシャルなどを利用して全社的に展開するものでしょうが、私の会社では違いました。 お店の好きなようにやっていたのです(費用がかからない限り)。 本や新品CDなどは再販制度のせいで定価を変えられず、レンタルの基本料金も勝手な変更は禁止されていましたが、それ以外の多くは店舗判断でできたのです。 しかし、なにかやるにはいちいち手間がかかりますから簡単にはいきません。 告知も効果的なものが必要です。折込チラシが一番いいのですがこれは費用の問題があります。 ところが光が丘では、毎週商店街全体で折込チラシを用意することになっていたため、個店別にいれる必要がなかったのです。 広告代は当然いくらかだしているわけですが、チラシを準備する作業をしなくて済んだのですからじつに楽でした。 通常チラシに載せるのは新商品の案内などでしたが、ときどき「100円レンタルコーナー始め…

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叫ぶより、目の前にいるお客さんに丁寧に接することが大事  ―新・レンタルビデオ屋さんの物語 光が丘奮闘編(その5)…

「いらっしゃいませ、こんにちはー!」「ありがとうございます、またご利用くださいませー!」 小売業におけるある時期までのお客さんへのあいさつは、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と一言で済ますのがあたりまえだったと思うのですが、いつのまにやら言葉が過剰に並ぶあいさつが世間にでてきました。 言葉数が多いだけでなく、ある店員があいさつを発したら別の店員が連呼したり、また大きく叫ぶように声をだす場面などもよくみかけます。 接客史に詳しい人がいるならきいてみたいものですが、おそらくこれはツタヤが始めた方法です。 元気のいいあいさつは悪いものではありませんから、ツタヤへの対抗上同様にやるべきだと当時の私の会社でも考え、店舗に要求するようになりました。 しかし、初めからそのように教育されていればべつですが、社員もアルバイトスタッフもいきなりそのスタイルをまねるのはとても難しいことでした。 大きな声を何度もだすのは、なんとなく恥ずかしいですからね。 それでもその行為が売り上げや客数を増やす上で効果があるならまだいいのですが、少なくとも私はほとんど関係ないと思っていました。 たしかに活気ある売り場にみえますし、お客さんの側も悪い気はしないでしょう。 でも、おそらくは単なる自己満足です。 あいさつが悪ければ売り上げや客数に影響するでしょうが、いいからといってことさらお客さんの数が増え…

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アルバイトより、やっぱり正社員  ―新・レンタルビデオ屋さんの物語 光が丘奮闘編(その6)― 

万引きにはさまざまな原因がありますが、万引きされやすい店には共通の原因があります。 まずは商品を置く棚が高すぎたり通路が狭かったりといった見通しの悪さの問題。 売り場面積に余裕がない狭いお店の場合、少しでも商品を多く置こうとするとどうしても避けられない問題です。 防犯カメラをたくさん設置する手もありますが、限界がありますし費用もかかります。 一方、売り場が広く見通しのいいお店であってもよく起きることがあります。 こちらは商品量が多いせいもありますが、店員の姿勢にも大きな原因があります。 接客姿勢が悪いことや売り場での声がけができていないことなどで、お客さんに不快感を与えたり、あるいはなめられたりといった場合ですね。 中高生などに「あの店はチョロい」などと一度うわさされると、どんどんやられてしまうこともあります。 万引きをされると店舗側としてはそりゃもうムカムカするわけで、憎たらしいなんてもんじゃありません。 「つかまえたらギタギタにしてやるぜ、クソヤロー!」ってな感情が脳内にあふれそうになるわけです(^^)。 ただし、私の経験ではそういった感情をもつのは社員の人だけでした。 万引き犯に対し、アルバイトさんで本気になって怒った人をみたことがありません。 責任感の問題なんでしょうね。 私はアルバイト時代に店舗責任者として働いたことがありますが、そ…

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